ベオグラード。

ヴァイオリンの友達Rちゃんのコンクールの伴奏でセルビアの首都ベオグラードに行った。

今回のんびり観光する時間はなかったけれど、まったく知らなかった国に行けてリフレッシュできたかな。
旧ユーゴスラヴィア。コソボ紛争で1999年にNATOの空爆を受けた。セルビア・モンテネグロという国名になったのは2003年、まだ3年しか経っていない。
空港からのバスから、爆撃にあって倒壊しかけたままになっている建物が見えて度肝を抜かれた。
コンクールの会場の近くの歩道にもあちこちに弾痕らしきものがあって痛々しかった。
現地の人から、当時毎晩空爆のサイレンが鳴ってトラウマになっているという話も聞いて、親が子供の時に経験した戦時中の話を思い出した。つい最近、そんな事があったなんて…。
今はフランスや他の西ヨーロッパ諸国にあるようなブティックも並んで賑わっていて、平和でなかなかかわいらしい街という印象を受けたけれど、復興するのにそれは大変だったんだろう…。
ついこの間、ユーゴ時代のミロシェヴィッチ元大統領が亡くなったというニュースが流れたばかり。
そういえばピアニストのイーヴォ・ポゴレリッチが生まれたのはベオグラードだ。

デジカメを忘れたので(充電器はしっかり持っていったのに、、、)写真は携帯でしか撮れなかったのが残念。まぁ、でもデジカメがあったら集中できなかったかも?

コンクールの方は、私が着いた日に1次の発表があって、16人がセミファイナルに残った。そのうち日本人はRちゃんを含む3人。
1次予選は無伴奏で、セミファイナルがヴァイオリンソナタ(私が彼女と弾いたのはベートーヴェンの3番&プロコフィエフの1番)、セルビア人作曲家の作品とヴィルトゥオーゾ。ファイナルはコンチェルトが2曲で、そのうちモーツァルトのコンチェルトは1楽章だけなので現地の公式伴奏者に頼んで私はセミファイナルの伴奏を頼まれたというわけだ。
そもそも「伴奏」ではなくて「室内楽」レヴェルで、という注文だったにもかかわらず、私も彼女も間際の人…直前になってバタバタしたけれど、本番はうまくいって彼女は無事ファイナル(6人)へ進出、よかった〜。
ソナタは本番で弾いたのはどちらも1、2楽章だけだったけど、「室内楽」ができたと言えるかな?

さて、彼女を激励して別れてベオグラードの空港に着いたら、私が乗るエールフランスのパリ行きの便がストライキのためキャンセルというオチが待っていた。
「昨日メールでお知らせが届いているはずですが。明日の便に変更できます」なんて言われても…メールなんか見てないよっ!!
幸いアリタリアのミラノ経由の便に無料で変更してもらえて、無事パリに帰ってこられた。アンチCPEのストライキで空港から家にたどり着くのにもかなり時間がかかったけれど、こんな事ででも私が代わりに彼女の厄払いをできたと思えば、ま、いっか(笑)

今回コンクールの伴奏に行って、自分がピアノのコンクールを受けていた頃を思い出した。私はいつも逃げ腰モードで準備不足、現地入りしてからそれをすご〜く後悔したものだったけれど、Rちゃんはさすがコンクールのエキスパート。勝ちに行く人は普段口にする言葉からして違うんだなぁ…。彼女とは結構長いつき合いになってきているけれど、改めて学んだり発見したりした事がいろいろあった。

それにしても、何とかしなきゃ、私の英語力。
英語で話そうとしても口から出るのはフランス語
( ̄∇ ̄;)
フランス語が通じない国に行くと、コミュニケーションがスムーズにいかなくてストレスがたまる。
それに、やっぱり現地の言葉を一言でも話せるようになっておくと現地の人たちがぐっと近くなる。言葉って大切だな〜。

また行けるといいな。
ファイナルでのRちゃんの健闘を祈る!!