初めてのソウル。

ソウルのメトロのホーム

パリのメトロの14番線みたいにガラスでホームとの間が閉じている駅。14番線のように自動なのではなく、自殺防止のためなのだそう。

先週末からソウルに来ている。
日曜日から合わせをして、金曜日にコンサートが無事終わってほっと一息。
(長〜いです。)

他のコンサートやレッスンなどがあって忙しいのに、ヴァイオリンのSもご主人もとても温かく迎えてくれた。
Sのご主人は大学で日本文学を勉強して日本にも10か月留学したそう。
とてもきれいな日本語を話すので感動していたら、彼が日本語を話すのを初めて聞いたSはすっかり惚れ直した(?)みたいでメロメロになっていた(笑)

会場のクムホ・アートホールはアシアナ航空関係のホールで、400席ぐらい?
午前中天気が崩れたので心配したけれどほぼ満員で、さすが韓国、お客さんが熱〜くて、弾いていてとても楽しかった。
ルクレール、ベリオ、ミヨー、そしてサン=サーンスというプログラム。
ヴァイオリンのSは本番でノリノリ、盛り上げる盛り上げる。
ご主人に言ったら「今日は偉い人がたくさん来ていたのでいつもよりも大人しかった」とのことでびっくりした。
Sはベビーピンクのお人形みたいなかわいいドレスだったのだが、サン=サーンスの「死の舞踏」ではフィギュア・スケートのキム・ヨナを意識した黒いシースルーのドレスに着替えて、ステージに登場した途端お客さんから「おおおお〜〜〜〜っっっ!!!」と大喝采。
フランスもののソワレだったのだが、アンコールではSとヴァイオリン2重奏をした、ミュンヘンに留学していたというAと3人でショスタコーヴィッチの小品を弾き、さらにブラームスのハンガリー舞曲第5番の編曲版も弾いた。
ヴァイオリンのR.ラカトシュとそのアンサンブル(ツィンバロンやベース)によるジプシーっぽいアレンジ。日本の「のだめカンタービレ」に感化されたという韓国のクラシック音楽ドラマ「ベートーヴェン・ヴァイルス(ウィルス)」に出てきたものをSが作曲家の学生に頼んで譜面にしてもらったもの。ご主人のアイディアなのだそう。

フランスに留学していた韓国の友達とも再会できた。
フランスでなくてソウルで会っているのがとっても不思議だった。
中でもパリ郊外の音楽家の寮で一緒だった友人J.Pと会えたのはラッキーだった。
電話番号を紛失して連絡できずにいたのだが、彼女の方がたまたま全然関係ない知り合いからコンサートに誘われて来てみたら、ピアノが私なので驚いたという。
彼女にやはり連絡先をなくしていたエコールノルマル時代に同じ門下だった友人 J.Jの近況を聞いたら、「それがちょうど明日彼女2台ピアノの本番なのよ!!」という。
何という偶然。 J.Jは私が来ているのを知らないはずだから、一緒にコンサートに行ってびっくりさせよう!ということになった。
そしてコンサートに行く前に観光につき合ってくれるというので、どこに行きたい?と言われ、やっぱりここだけは見ておこうと思っていた景福宮(ギョンボッグン Gyeongbokgung)の名前を挙げたら、彼女は「いいけど、あそこ、な〜んにもないわよ?」といいながらもつき合ってくれた。

ソウルのメトロも東京みたいにメトロの駅の間隔が広い。
パリの感覚で30分もあればどこにでも行けると思っていたら大間違い(早速iPhone アプリ 韓国の地下鉄 (Subway in Korea Lite) – Onlinegamer が活躍)。
ソウルはイル・ド・フランスぐらいの広さがあるのだそうだ。
真ん中を漢江(ハンガン)が流れていて、地図を見てなんかパリのセーヌみたい♪などと思っていたら全然スケールが違う。
メトロが地上に出たと思ったら韓国の伝統音楽と駅名の車内アナウンスが流れて大きな漢江が目の前に広がる瞬間は感動だった!

興礼門

雲ひとつない観光日和♪

勤政門

緑色とくすんだピンクがメインカラー。

都会の真ん中に、そこだけ時が止まったような空間がある。
日本語のガイドブックもあって、覚悟はしていたけれどやはり « 国権の象徴だった景福宮は日本の植民地時代に計画的に毀損された » などと記述されていて、大いに考えさせられた。
第二次世界大戦の時にアメリカは京都や奈良などの日本の歴史的建造物は破壊しなかったというのに。
そして日本語を話すことを強制した。
J.Pは「でもそれはあなたがした事じゃないんだから」と言ってけらけらっと笑っていたけれど、ここソウルで年配の人に日本語で話しかけられたりすると複雑な気持ちになる。
留学して初めて仲良くなった韓国の友達 J.Jが日本の韓国統治についてこう言った時のショックを今でも憶えている。
「日本は賢かったよね。国を統治するためにはその土地の言葉や文化を奪うことが何よりも効果的な事を知っていたのよね」

峨嵋山

交泰殿(王妃の寝殿)の後ろに王妃の後園「峨嵋山」がある。奥に見える煙突は国宝らしい。
交泰殿は女性たちの暮らす大奥みたいなところだったのだろうか?
康寧殿(王の寝殿)と交泰殿も日本に取り崩されたのだそうだ…。
現在あるのは1995年に復元したものとのこと。

慶会楼

この奥の方に大統領官邸があるそう。
ソウルには大きな高層マンションやビルが多いけれど、
この周辺は高層ビルの建設が禁止されていて古い建物が保護されているそうだ。

伝統的なスタイルの建物が改造されたおしゃれなブティックやカフェがあちこちにあって、カップルが多い。そういえばちょうどホワイトデー(韓国で盛り上がっていた)だった。
4/14はバレンタインやホワイトデーで何もいい事がなかったシングルがジャンジャン麺を食べる「ブラックデー」なんだそうだ(笑)

のんびり歩いて軽く食事をしたりしていたらあっという間に時間が経っていた。慌てて J.Jのコンサート会場へ。
2台ピアノのコンサートだったのだが、J.Jは積極的に演奏活動を続けているんだろうなぁ、とてもパワフルで感動的な演奏だった。(彼女たちも「死の舞踏」を2台ピアノに編曲して弾いていた。韓国は今、相当なキム・ヨナブームみたいだ。)
お互い下手なフランス語で辞書を引きながら話した日々。
励まし合ったり、けんかしたり泣いたり笑ったり…パリに留学したての頃の青春の日々がフラッシュバックしてじ〜〜〜〜んとなった。

コンサートが終わって、私と友達は楽屋の出口でJ.Jを待ち構えた。
ドレスアップして生徒さんたちに囲まれてすっかり立派になったJ.Jは、私が視界に入るときつねにつままれたような顔で一瞬沈黙。
「Kaori〜!!?? …なんでここにいるの!!!」
…あっという間に昔のJ.Jになっていた(笑)

夜はヴェルサイユのCNRで勉強したチェロのCくんがゴージャスな車でSと私とJ.Pをエスコート(笑)。南山(ナムサン)からソウルの美しい夜景を見て、市内をドライブして江南のハイアットでお茶をした。

ソウルは大きな街。道路も車も建物もみんな大きい。
軽自動車なんて見ない。小さい車も大きい車もあまり値段が変わらないんだとか?
フランスから来た私には、欧米人がほとんどいないせいか、一瞬日本のどこか知らない地方の大都市にいるような錯覚に陥るけれど、漢字はほとんど使われていなくて目に入る文字はハングルだし言葉も違うというのがなんかすご〜く不思議。
ハングルに○が多いせいか街を歩いていると目が回ってくるけれど、頑張れば解読できるようになりそう。これって外国人にもアクセスできる、実はとても合理的な文字なのではないかと思う。
電気製品は以前は110Vで日本と同じコンセントだったそうだが、ここ数年220Vに切り替わり、フランスと同じ形のコンセントだ。
韓国の炊飯器をフランスに持って行けば普通に使えるのだ。でも、日本の3合炊きみたいなサイズはなく、買って持っていくには大きすぎる。ちょっと無理かなぁ。
車も右側通行だし、アジアの国なのに、日本よりもずっとヨーロッパ諸国にシフトしているような気がする。やっぱ大陸なんだなぁ。
携帯の呼び出し音(着信音じゃなくて、コールしている間に聞こえる音。日本だったらトゥルルルル…、っていう)がカスタマイズできる。日本もできるのかな?
ピアニストのJ.JやJ.Pはやっぱりピアノの曲を設定している。ヴァイオリンのSの携帯にかけるとオジさんが朗々と歌うトロット(演歌)っぽい曲が流れる(笑)

また行きたい!

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“初めてのソウル。” への2件の返信

  1. やだ これって今見つけて読んだよぉぉ
    なんだか最初観光気分で読み始めたんだけど 旧友と再会や 勿論コンサート通して 深く韓国を体験してきたって感じだよね
    パリにいるからこそ巡りあえたお友達だよね
    いいな、、きっと毎回韓国経由で帰国したくなるのでは?
    しかしJJとは 誰?!?

  2. ノルマルで同門だったちょっとソフィ・マルソー似(ほめすぎ?)、Sakuraちゃん知らないかな?
    ほんと巡りあいってすごいことだね。
    留学初期を一緒に過ごした友達って深〜く記憶に刻まれてない?
    あの頃は感受性が全開だったんだね〜( ̄▽ ̄)

    うんうん、日本に帰る時は韓国経由いいかも!
    アシアナ航空、初めて乗ったけど、快適だったよ♪
    エアライン・オブ・ザ・イヤー2009受賞だって。納得〜。
    スターアライアンスだからANAのマイルも貯まるらしい。
    …早速回し者?(笑)

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