恒例のDUROCK。

DUROCK今年もDurocの駅名が “DUROCK” になっている。(ロックrockの、って意味)
そう、恒例のフェット・ドゥ・ラ・ミュージック。
今年はユーロサッカーのせいで少し影が薄いような気がするけど健在らしい。

1982年に始まったフェット・ドゥ・ラ・ミュージックは今年で35回めになる。
最初に構想を抱いたのは1970年代にラジオ・フランスのために仕事をしていたジョエル・コーエンというアメリカ人の音楽家で、古代ローマ時代のサトゥルナリア祭という冬至の盛大なお祭りにちなんで音楽のお祭りを!というものだったのだそう。
そのコンセプトを当時の文化相だったジャック・ラング(Jack Lang)と作曲家モーリス・フルーレ(Maurice Fleuret, 1932-1990 パリのCNSMに彼の名前の部屋がある。)が実現した。

フランスには音楽やバレエ、スポーツなどの専門教育を受けている子供のために授業の時間が調整されているクラスのある学校があるのだが、そのシステムやパリとリヨンのCNSM(国立高等音楽院)、エコール・デュ・ルーヴル、ナンテールのパリ・オペラ座のバレエ学校などの教育機関を整えたのもジャック・ラングだそうだ。

彼らはフランス人の文化的な活動の実態を調査した。すると500万人もの国民、特に若い人たちの2人に1人は楽器を弾くことが明らかになったのだが、その割にフランスでは当時あまり音楽のイヴェントが少なかったという。
もっと音楽が活発になっていいはずだ。
プロ、アマチュア、ジャンル、階級も起源も問わず、通りで、広場で、公園や中庭で、とにかく街のあちこちにひたすら音楽が溢れ、すべての人々が無料で音楽を堪能し、共感し、音楽に酔いしれるフェットができたら。そんな思いからフェット・ドゥ・ラ・ミュージックが誕生した。
サトゥルナリア祭のように冬至の時期ではなく夏至の日と重なることが多い6月21日が選ばれ、夏の到来を音楽とともに盛大に祝うというニュアンスになった。
フェット・ドゥ・ラ・ミュージック、今では世界の120か国以上で実施されているという。(参照: Historique de la Fête de la Musique