さようなら。

Crématorium - Père Lachaise初めてペール・ラシェーズの火葬場へ行った。
12月に結婚式をした作曲家の友人Gの20年来のパートナー、Pの葬儀だった。

共通の友人たちや彼らの家族たちといっぺんに再会した。
こんな風に再会することになるなんて。

Pはまだ61歳だった。若く見えたので私たちは長い間実年齢より10歳ぐらい下だと思っていた。
優秀な宇宙物理学者だったけれど決して知識をひけらかすことのない、優しく謙虚でしなやかな人だった。
なぜこんないい人がこんなに早く逝ってしまうのだろう。

Salle Mauméjean

無宗教のシンプルで美しいセレモニーだった。
Pが好きだったから、と葬儀でバッハの無伴奏組曲を弾いてくれるチェリストを探していたGだったけれど、チェロの知り合いを探してくれていた友達の「彼が全然知らないチェリストが弾きにくるのってどうかなぁ」という一言でPが好きだった音楽をかけることにした。
最後にGがスピーチした時には鳥の声が流れてきた。
Pが亡くなった早朝、Gが病院の門から出る瞬間に突然鳥が激しく鳴き始めたのだという。
あの夜中とか早朝にとても澄んだきれいな声で鳴く鳥。
それ、きっとPだったんだ。
そしてその鳥の声はギターの音色に重なって遠ざかっていった。

セレモニーの最後に希望者はPとお別れして棺は奥に搬送されて参列者は解散。食事会に残る人は会場へ移動になった。
日本の火葬場で火葬炉に棺が入って点火されるのを見てお骨を拾うのって本当に辛かった。考えてみたら何て原始的で残酷な習慣なんだろうと思う。

12月、結婚式の日に彼の家でシューベルトのアンプロンプチュ(D.899 n°3)を弾いた。
音楽やアートに造詣の深いPはとても喜んでくれた。
あの時のPの笑顔がまだ昨日のことのように瞼に焼き付いている。
ちゃんと用意していなかったので「今度は練習してまた弾きにくるね」と言ったのに。
つくづく「今度」とか「次回」ってのはないと思って生きなきゃと思った。
一期一会。

さようなら、P。

「突き刺さる痛みを胸に、でも私たちは祝福します。
Pの歩んだ人生と、私たちがPと出会えたという事を。」
(友人Rのスピーチより)